MitraClip
MitraClipとは、心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう「僧帽弁閉鎖不全症」に対する治療です。日本では2017年に承認された比較的新しい手技で、高知県下では2施設が行うことができます。(2021年10月現在)
「僧帽弁閉鎖不全症」は心臓弁膜症の一つで、年々増加傾向にあります。症状としては、血液の逆流が起こることで、息切れ、動悸、疲労、めまい等の症状が現れ、それが進行すると、呼吸困難や肺うっ血、浮腫などの心不全へとつながり、重度になると命に関わることもあります。
治療方法として、逆流を緩和させて進行を抑える薬物療法や、心臓を止めて行う人工心肺を使った開胸外科手術が主流で、現在でも根本的な治療ができる外科手術が第一選択です。 しかし、一定数何らかの理由で手術を受けることができない患者さんもいらっしゃいます。
MitraClipは、高齢の方や併存症のために手術を受けることが難しい方に向けた新しい治療法です。カテーテル治療のため、胸を切開する外科手術より体にかかる負担が少なくてすみます。根本的治療ではありませんが、逆流の緩和・軽減による心不全症状の改善、生活レベル向上が期待されています。
僧帽弁閉鎖不全症とは
心臓の弁がうまく機能しない心臓弁膜症の一つです。初期は「弁」の異常ですが、進行すると心筋(心臓の筋肉)が影響を受け、やがて心臓全体の病気へとつながります。心臓弁膜症の有病率は、年齢とともに上がる傾向にあり、日本では、65~74歳で約150万人、75歳以上で約235万人の潜在患者がいると推測されます。※1-2
弁膜症の中でも僧帽弁が完全に閉鎖されないために、一度左心室へ送り出された血液が左心房内へ逆流し、心臓に負担がかかる病気が「僧帽弁閉鎖不全症」です。治療せずに放置すると気づかない間に症状が進行します。また、自然に治癒することはありません。重症度と自覚症状が必ずしも一致しないため、症状がなくとも定期的な検査が必要です。
僧帽弁が開いているところから、血液の逆流現象が起こり、心臓に負担がかかる
MitraClip―経皮的僧帽弁接合不全修復術
血液の逆流を緩和するために、僧帽弁をクリップのようなデバイスでつまみます。MitraClipはカテーテルで行う治療であり、体への負担が少ないというメリットがあります。当院は2021年10月に認定を受け、10月14日より治療を開始しています。
治療適応
外科的手術(弁置換術・形成術など)の危険性が高い、もしくは向いていないと判断された場合に適応対象となります。
- 中等度以上の自覚症状を伴った僧帽弁閉鎖不全症
- 年齢や併存疾患のため、外科的手術が困難な患者さん
- 解剖学的に僧帽弁がMitraClipに適した形態であること
具体的には、非常に高齢である、心臓手術の既往がある、心臓の動きが悪い、悪性腫瘍の合併がある、免疫不全の状態である、脆弱である、左心室そのものの障害で逆流の生じる機能性僧帽弁閉鎖不全症などが挙げられます。
最終的には全身状態の評価とともに、超音波検査や、心エコー検査などの結果とともに、循環器内科、心臓血管外科、麻酔科ほか、多職種で構成されるハートチームで議論し、治療方法を検討します。
より詳しい適応・除外基準はこちら
必須基準
下記の条件をすべて満たす場合に本治療の施行が検討される
- 左室駆出率20%以上
- 症候性の高度僧帽弁閉鎖不全(クラス3+ または4+)
- 外科的開心術が困難な場合
※下記のポイントに当てはまる場合は、早めのご紹介をご検討ください
繰り返す心不全症状
- 長期間の薬物療法で改善が見られない
- 左室のリモデリングが認められる
- 経過的に増悪が認められる
- 左室機能が悪化している
- 普段は安定しているが、労作時など急に心不全症状が悪化することがある
- 心不全症状から徐々に行動制限の範囲が大きくなっている
- 運動負荷などで、僧帽弁逆流が増悪、もしくは増悪の可能性がある
除外基準
- 本邦のガイドラインに準じた至適薬物療法が十分に行われていない機能性僧帽弁閉鎖不全患者
- 急性憎悪
- 強心薬(カテコラミン)依存患者 ※一時的であれば依存とはみなさない。
- 補助循環を使用している患者
実際の手技紹介
鼠径部(太ももの付け根)の大静脈からカテーテルを通して、心臓の左心房に挿入。
僧帽弁に対して垂直にデバイスを挿入させる。
続いて左室へ進入し、弁尖をつまむようにしてクリッピング。
そのままデバイスは留置し、カテーテルを抜去。
治療前は逆流していた血液が、クリッピングすることで軽減され、心不全症状が緩和されます。
治療の流れ、注意点
僧帽弁閉鎖不全症が疑われる場合に、外来で経胸壁心エコー図検査、経食道心エコー図検査、負荷エコー図検査などを行い、治療適応かどうかを診断します。治療適応であれば、MitraClip―経皮的僧帽弁接合不全修復術を行います。手術後は集中治療室で経過観察の後に、状態が落ち着けば一般病棟へ移ります。同時に元々の状態に応じてリハビリも開始します。状態にもよりますが、ほとんどの方が1~2週間以内に退院可能です。その後は薬物療法や状態に応じてリハビリを行い、定期的な受診が続きますが、日常生活に戻られる方がほとんどです。
合併症やリスク
- 感染症、不整脈、脳梗塞など術後合併症の発生率(術後30日以内)は約15~19%です。
- 根本治療ではないため、外科手術に比べて逆流が多少残る可能性があります。
- 新しい治療のため長期的な成績はまだわかっていません。
- 僧帽弁の形態や逆流のメカニズムによっては、治療が困難なことがあります。
- 留置後、僧帽弁の閉鎖が完全に達成されず、別途治療の継続が必要になる可能性があります。
よくあるご質問
① どういったタイミングで治療を行えばよいですか
② 全身麻酔も含めた手術時間は
③ 手術後、生活に制限はありますか
近森病院ハートセンター
循環器内科、心臓血管外科を中心に、放射線科や麻酔科、その他多職種が協働してリスクの高い心臓病治療にあたっています。全国屈指のチーム医療を誇る当センターでは、診療科間の垣根がなく、取り組みモデルとして全国からの見学者も多く、互いに意見交換を行うことで日々進化しています。
担当医師紹介
菅根裕紀 循環器内科 科長
中岡洋子 循環器内科 部長
川井和哉 循環器内科(院長 兼 ハートセンター長)
連絡先
近森病院循環器内科 菅根、中岡、川井
関係ページへ
abotte社 心臓弁膜症サイト(近森病院のサイトから離れ、別のサイトに移動します)
出典
- Nkomo VT, et al. Burden of valvular heart diseases: a population-based study. Lancet. 2006;368:1005-11.
- 総務省統計局. 人口推計の結果の概要 令和2年4月報(令和元年11月確定値). Available from: https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202004.pdf(アクセス日:2020年4月28日)
- 第115回日本内科学会講演会 明治維新150年目の内科学~難治性疾患への挑戦~
循環器領域におけるCatheter based therapyの現状より
引用文献:1)Nkomo VT, et al : Burden of valvular heart diseases : a population-based study. Lancet 368 : 1005―1011, 2006.
画像・動画提供:アボットメディカルジャパン合同会社