相談役 近森正幸のドキュメント document

相談役 近森正幸のドキュメント

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機関誌JAHMC 2023 September/vol.34 No.9
2023年9月1日発行

企画「看護師の働き方改革」~看護の視点と病院経営について~
急性期病院における看護師から多職種へのタスク・シフト

社会医療法人近森会 近森病院
理事長 近森 正幸

要旨

21世紀の急性期病院においては、医療の高度化と手間のかかる高齢患者の増加により、業務の質と量が膨大となり医師、看護師だけで医療を行うことは不可能になった。

多くの医療専門職が病棟に常駐し病棟常駐型チーム医療が行われ、医師、看護師から周辺業務をタスク・シフトすることで、医師は診断と治療、看護師は看護判断と介入というコア業務に専念できるようになり、医療、看護の質と労働生産性は高まり、労働環境は著しく改善している。

多職種の医療専門職も業務を標準化し、膨大な業務を安全確実に行えるルーチン業務を行い、さらには病棟に常駐し患者を診て判断し、介入を繰り返すことで専門性が高まり、それぞれの分野では主役となりいきいきとやりがいをもって働いている。

看護師はタスク・シフトによる労働環境の改善から、医師のより高度な標準化出来る業務を看護師が行うことで、看護の専門性は飛躍的に向上している。そればかりでなく、病院運営のマネジメント業務においても看護が中核として活躍しており、病院経営に大きく貢献している。

はじめに

当院は高知の駅前にある急性期の基幹病院512床で、救命救急センター、地域医療支援病院、管理型臨床研修病院、災害拠点病院であり、マネジメントで自己変革を続けてきた。

マネジメントの本質はFocus(集中)であり、FocusはTo DoよりもNot To Doの方が大事で、「選択と集中」が必要になる。医療界では集中すれば足りない機能が出てくるので、「機能の絞り込み」と「連携」になり、病院機能、病棟機能、スタッフ機能を絞り込むことで、地域医療連携、病棟連携、チーム医療が必要になる。当院のチーム医療では、多職種の医療専門職による多数精鋭の病棟常駐型チーム医療を展開し、大きな実績を上げてきた。

機能を絞り込むことで医療の質と労働生産性が向上し、患者数が増え単価も上がり、売り上げを増やすことができる。そして、将来の利益を生み出す設備投資、人件費アップの原資に充て、これをくり返すことで病院を飛躍的に発展させてきた。機能を絞り込まず、量的拡大のみではこれ程の発展はなかったと考えている。

タスク・シフトの前に

2021年9月30日厚生労働省医政局長により「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」が発表され、留意すべき事項として、1)院長ばかりでなく全職員の意識改革・啓発、2)医療関係職種の知識・技能の習得、3)余力の確保も重要の3点が挙げられた。

業務の具体例として、各職種についてタスクシェアが可能な業務が挙げられているが、1)意識改革・啓発はどのような考えのもとでやるのか、2)医療関係職種の知識・技能の習得はどうすればいいのか、3)余力の確保はどうすればいいのかといったタスク・シフトの基本的な考え方が無いままに、個別、具体的な業務を推奨している。このままでは、多忙な看護師や多職種に今まで以上の余分な業務をタスク・シフトするだけになりかねない。

そのためどうすれば医師、看護師の業務をコア業務に絞り込み、医師、看護師ばかりでなく多職種の医療専門職も労働環境が改善し、生き生きとやりがいをもって働くためには何が必要であるか原点に戻って考えてみたい。

1)全職員の意識改革・啓発はどのような考えのもとでやるのか

多くの医師の視点は「医療や病院は複雑系」という暗黙知であり、全能の神、医師が全てを判断し指示を出さないとだめだという考えにこり固まっている。一方、私の視点は形式知の「業務」であり、病院の医療も業務までおとし込めば業務の連なりにしか過ぎず、ベルトコンベアと同じなので製造業の理論が応用できるし、医師が全能とは考えてもいない。

医師は診断と治療、看護師は看護判断と介入の専門家であるが、薬剤や栄養、リハビリ、医療機器、転院調整などは、大多数の医師、看護師にとっては全くの素人であり、自分で考えて指示を出し実践するよりは、医療専門職に「お願いね」と言ってそれぞれの分野を全面的にタスク・シフトする方が遥かに楽である。そのためには、多職種の医療専門職が病棟に常駐し、日常的にチームでお隣りで働いている方が医師、看護師にとっては極めて働きやすい環境にあると言える。

ただ多職種が病棟に常駐するため、必然的にスタッフ数が増え人件費が増えることと、多職種の専門性を上げる必要性が出てくることが課題になる。

2)医療関係職種の知識・技能の習得はどうすればいいのか

ここでは断片的な知識や技能の習得ではなく、それぞれの分野の医療専門職が行う業務と専門性を上げるにはどうすればいいかを述べる。

医師、看護師の専門性が高いのは、診断と治療、看護判断と介入を日々繰り返し、一人一人の患者の経験を蓄積し暗黙知を高めているためである。同じ人間である多職種の医療専門職も同様に病棟に常駐し、それぞれの視点で患者を診て判断し、介入を繰り返すことで暗黙知が高まり専門性を高めることが出来る。

業務は判断が不要なルーチン業務と、常に判断が必要な非ルーチン業務に分けることができる。ルーチン業務は業務を標準化して、医師、看護師も一部行うが、主に多職種の医療専門職が行う業務で、膨大な業務を安全、確実に行うことが出来る。一方の非ルーチン業務は常にplan、do、seeを繰り返す、主に医師、看護師が行う高度な少数の業務で、診断や治療、手術、看護といったプロフェッショナル業務がこれにあたる。

医師、看護師はコア業務であるプロフェッショナル業務のみを行なえばいいし、多職種の医療専門職は業務を標準化し、ルーチン業務を行なえばいい。さらに、病棟に常駐し患者を診ることで、暗黙知が高まり専門性の高い医療専門職になることが出来る。

3)余力の確保はどうすればいいのか

タスク・シフトで医師、看護師からの業務を多職種が受けると、当然業務量は増加する。業務量はスタッフ数×能力×時間だが能力や時間は限られている。必要な業務を全て行いアウトカムを出すためには、スタッフ数を増やすしかなく、それにはどうしたらペイするかを考えればいい。

医師、看護師ばかりでなく、多職種の業務もコア業務に絞り込み、質と労働生産性を上げ、患者数と単価が増え、売上も上がることから人件費アップの原資になる。機能の絞り込みと連携を行うことで、アウトカムが出てスタッフ数を増やすことが出来、余力が確保されることになる。

このように、アウトカムが出てペイする業務になるように、業務をデザインしスタッフを集め訓練し実践するチーム医療は最も難しいマネジメントになる。そのため、次項のコア業務への絞り込みとアウトカムをみても分かるように、各職種で実に様々なので試行錯誤しながらトライしていただきたい。

医師、看護師を始め多職種のコア業務への絞り込みとアウトカムを出すために

図1 医師のコア業務への絞り込み

1)医師においては診療外業務以外に、病棟常駐型チーム医療を実践することで診療周辺業務も多職種にタスク・シフトすることが可能で、医師の業務を診断、治療というコア業務に絞り込むことが出来、医療の質と労働生産性はそれらがもともと高い医師程、飛躍的に向上する。(図1参照)

図2 看護のコア業務への絞り込み

2)看護においても看護ケア以外の業務ばかりでなく、病棟常駐型チーム医療を実践することで看護の周辺業務も多職種にタスク・シフトすることが可能で、看護の業務を看護判断、介入というコア業務に絞り込むことが出来、看護の質と労働生産性が向上、労働環境は著しく改善している。(図2参照)

3)薬剤部においても外来処方を高知で初めて全面的に調剤薬局にタスク・シフトすると共に、SPDのスタッフに発注業務や在庫管理、輸液や注射剤のピッキング、テクニカルスタッフ(助手)に持参薬の鑑定や内服薬のピッキング、書類作成などの薬局内の業務をタスク・シフトすることで、臨床薬剤師の業務を薬学的介入というコア業務に絞り込み、医師、看護師から薬物療法をタスク・シフトされ、医療の質の向上に貢献している。

4)臨床栄養部においても給食業務を外部委託し、管理栄養士の数を急性期病床452床に対し24名に増やし、病棟に常駐し、土、日、祝日の重症病棟や夜間呼び出しにも対応、患者を栄養学的に診ることで専門性を高め、必要な患者(入院患者の半数以上)すべてにコア業務である栄養サポートを行い、絶食を減らし食事を増やすことで、輸液、抗生剤を削減し、年間4,000万~6,000万円の利益を出しペイする臨床栄養部になっている。

5)当院のリハスタッフ(PT、OT、ST)は急性期452床に108名在籍しており、お正月を含め365日、必要な患者(入院患者の半数)すべてに一日4~6単位のリハビリを提供することでADLを改善し、充分すぎる程のアウトカムを出している。

6)臨床工学技士は医療機器を通じてのチーム医療のため、高度な専門性、質の高さが求められ、チームと医療機器を絞り込み対応している。急性期チームは、ACEチーム、CSチーム、MEチームに分かれ、人工心肺、IABP、インペラ、人工呼吸器などの対応を行っている。透析チームは、透析室や集中治療棟における人工透析やエンドトキシン吸着、血漿交換の対応を行っている。重症患者管理の医療機器対応を一手に引き受け、医療の質の確保と医師、看護師の労働環境改善に大きく貢献している。

7)臨床検査部においても検体検査をブランチラボに全面的に外部委託し、臨床検査技師55名が生理検査の心エコーでは9割以上を技師が行い、輸血や細菌、病理ばかりでなく内視鏡検査室やカテ室での活動、腹部エコーでは技師が実施し、放射線科医師がダブルチェックを行っている。それぞれがコア業務の検査を責任をもって行い医師業務を軽減するとともに、認定資格を積極的に取得し専門性を高めている。

8)メディカルソーシャルワーカー(以下、MSW)は、地域医療連携センターに所属し、地域医療連携の主に後方連携を担当している。13名が病棟に配属され、入院直後の初期介入と退院支援を行い、在院日数短縮に頑張っている。

看護業務の多職種へのタスク・シフト

当院では長い時間をかけ、看護業務を病棟だけでなく多くの職場で多職種にタスク・シフトして来た。

1)外来では医師、看護師、事務のみであったが、クラーク、秘書、ポーターを導入、外来看護業務のほとんどをクラークにタスク・シフトしている。そのため看護師は内科外来でも数名で、採血や注射、処置ばかりでなく医学的説明は医師に代わって行い、事務的な説明はクラークが行っている。

2)ERでは医師、看護師だけであったが、研修医がファーストタッチを行うようになり、看護師の業務を見直し、救急救命士やクラーク、ポーターへ業務をタスク・シフトしている。

3)手術室では医師、看護師ばかりでなく、麻酔の特定行為研修を修了した看護師が配属され、麻酔医のサポートに活躍している。

4)心カテ室では、カテを操作する循環器科の医師と心カテの直接介助を行うCSチームの臨床工学技士やモニターを一手に引き受けデジタル画像を解析する臨床検査技師、放射線技師、外回りの看護師、全体を統括する医師の6名のチームでウィークデイの昼間も夜間、休日も心カテを行っている。常時医師2名と専門性の高い多職種との6名のチームで行うので、医療の質も労働生産性も高くなる。

5)内視鏡センターでは医師、看護師に臨床検査技師が参加し、患者の観察やサポートを行う看護師から内視鏡業務のほとんどの業務をタスク・シフトして活躍している。

6)集中治療病棟には医師、看護師ばかりでなく多職種が病棟常駐し、薬物療法の薬剤師、リハビリを行うリハスタッフ、栄養サポートの管理栄養士、高度な医療機器を操作する臨床工学技士、24時間以内に早期介入するMSW、クラークやアテンダント、ポーターも頑張っている。特に人工心肺や人工呼吸器を扱い24時間、365日対応している臨床工学技士の急性期チームは医師の労働環境改善と看護業務の負担軽減に大きく貢献している。さらに、集中治療病棟、特にICUで働く看護師も集中治療すべてに対応出来るスーパーナースでなくても、多職種に周辺業務をタスク・シフトすることで、普通の看護師でも集中治療に対応出来るメリットは人材確保の意味で限りなく大きい。

7)一般病棟も急性期チームの臨床工学技士を除くすべての医療専門職が病棟に常駐しているので、一般病棟でも病棟常駐型チーム医療が大きな効果を上げており、看護業務の負担軽減と、労働環境改善に貢献している。

看護業務のタスク・シフトがもたらしたもの

看護師の労働環境の改善から医師のより高度な標準化出来る業務を看護師が行うことが出来るようになり、診療看護師、専門看護師、認定看護師、特定看護師が患者を診て、看護判断し、介入を繰り返すことで暗黙知が高まり、看護の専門性は飛躍的に向上している。

そればかりでなく、病院運営のマネジメント業務においても、外来や病棟、部門管理、集中治療病棟の入室基準と患者重症度の組み合わせにより毎月1億2,000万~4,000万円の加算を算定、集中治療病棟~一般病棟~地域包括ケア病棟間のスムーズな病棟連携、積極的な前方連携と後方連携の地域医療連携、感染、医療安全、災害対策などの委員会活動、救急患者や紹介患者の受け入れをすすめ、入院患者数、手術数を増やし、退院、転院を促進し、在院日数を短縮するなどの対応を通じ、看護部が病院運営の中核部隊となっている。

コロナ禍でも看護部の現場力が鍛えられ、コロナ病棟の立ち上げや発熱外来の拡充など、その場で決断し即日対応してくれているし、応援体制も看護部だけでなく多職種も巻き込んで行っており、病院一丸として対応してくれている。

おわりに

21世紀の急性期病院においては、医療の高度化と手間のかかる高齢患者の増大により業務の質と量が膨大となり、医師、看護師だけで医療を行うことは不可能になった。

多くの医療専門職が病棟に常駐し多数精鋭の病棟常駐型チーム医療が行われ、医師、看護師から周辺業務をタスク・シフトすることで、医師、看護師は診断、治療、看護判断、介入というコア業務に専念できるようになり、多職種もそれぞれの分野では主役で、生き生きとやりがいをもって働き、労働環境は著しく改善している。

看護師の労働環境の改善から、医師のより高度な標準化出来る業務を看護師が行うことで看護の専門性は飛躍的に向上した。そればかりでなく、病院運営のマネジメント業務においても看護部が病院運営の中核として活躍してくれており、病院経営に大きな貢献をしてくれている。