3ページ目へつづく▼ 第二のきっかけは、浜重直久先生の招聘です。先生は赴任直後から月に1回は「こんな病院辞めてやる」と弾けていましたが、私は先生の患者を一番大切にする姿勢を信じてずっとやってきました。先生は日本有数の臨床医で、多くの患者を的確に診断し、治療してくれました。外来診療も多くの患者を一生診るために外来受診は半年か1年に1回専門医が診て、その間はかかりつけ医の先生方に逆紹介して診てもらう体制、キャッチボール外来を行い、多くの患者をフォローアップしています。臨床だけでなく、循環器内科の川井和哉先生(現副院長兼主任部長)、消化器内科の榮枝弘司先生(現主任部長)、脳神経内科の山﨑正博先生(現主任部長)を招聘して下さり、内科の3本柱を確立、多くの内科医を育成し、近森病院を外科の病院から内科の病院に転換してくれました。冠動脈造影ばかりでなく、PCIも始め、内科医によるカテーテル治療の先■をつけてくれました。さらには岡山大学心臓血管外科の天才的小児心臓血管外科医佐野俊二教授を動かし、近森病院に心臓血管外科を開設、入江博之先生(現副院長兼主任部長)の招聘にも尽力してくれました。循環器に心臓血管外科が加わったことで、高知の循環器病センターとしての基礎をつくってくれたともいえます。一番大きな貢献は、近森病院の医師ばかりでなくすべてのスタッフに患者を一番大切にする姿勢を身をもって教え、近森病院の伝統にして下さったことだと思います。第三のきっかけは、整形外科の衣笠清人先生(現統括部長)で、整形外科は痛みを伴う患者が多いため、外来患者が非常に多く、午前中は外来患者の対応に忙殺され、昼飯も食べずに手術に入り、病棟回診は夜中という診療生活で、大学に言っても医局員は増やしてくれず、JOB62浜重直久 前近森病院 副院長(現循環器内科部長)50年目の近森会より前列中央が浜重直久 現循環器内科部長。後列左から川井和哉 現近森病院 副院長 兼 循環器内科主任部長、吉村耕一 現吉村神経内科リハビリクリニック 院長、榮枝弘司 現消化器内科主任部長、山﨑正博 現脳神経内科主任部長(50年目の近森会より)Q.43
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